僕は文学などとは程遠いただの読書好きなわけですが、

若い頃からどうも「自分にフィットすることば」を探すという変なクセがあるらしく、

どうも未だにそれが何の進歩もないままのようだ。

しかし若い頃読んだ本からは期待していたものが満たされたことがほとんどない。


「ことば」というよりも「表現」のほうが正解に近いのかもしれないと、

遥か年月が経ってやっと気づいているという頭の回転の具合だ。

というわけで、

村上龍氏とか曽根綾子女史の「表現」というか「言い回し」みたいなのが、

どうもやっぱり好きなのだと・・。


しかし若い頃彼らの本は全く面白くなく、僕にとっては意味不明だったわけで。

僕なりに人生過ごしてみてやっと解るような気になっていますけど。

若い頃多少、「なーるほど」というのがあったら

かなり考え方とかが変わっていただろうと確信するくらいのものがあるんですけど。


そのような本を1度は手に取りながら、気づかないというのは、

「波長」が合っていなかっただけなのだと思う。

かなりの年月が経ってから、やっと彼らの本に惚れているというのは、

遠回りをしたけど良かったのだと思うし、

自分のマインドはほとんど何も変わっていないのだなと思ったりもします。